G線上のジャリア

〜何も生み出さなかった・続〜

昔々の浪人時代の話〜高校を訪ねた時のこと(ちょいしっとり系です)

先日、高校同窓会から会報が届いた。ちなみにここだけの話をすると、卒業以来同窓会費をすっかり払いそびれている。

 

会報には卒業された方々の華々しいエピソードがあり、今年3月に卒業した後輩諸君の華々しい進学実績があり、毎年会報を受け取るたびにちょっとしたコンプレックスが生み出される。

 

そして最後のページには、先生の赴任状況などが記載されている。その一人の先生の名前に目があった。

 

ふと、その先生と最後に交わした会話を思い出したのだ。今日はその話。

 

その人は、名前をT先生と呼ぶ。当ブログを見ている方々の半分はきっと分かるかもしれないが…… 2年、3年と化学の授業でお世話になった。

最初は「なに不貞腐れたような顔をしてゴニョゴニョ言ってんだ…」と思いながら授業を睡眠学習していたのだが(ああごめんなさい)、3年に上がってからはそこそこ雑談もするような仲になっていた(と信じたい、ですよね先生)

 

その先生、なかなかの逸話があった。お酒好きが高じてワインソムリエの資格をとってしまった。確かに、授業で蒸留を扱った時、先生の熱量も段違いだった。さらに面白いことが、奥さんとの出会いである。T先生が独身時代、ある病院に診察をしてもらった際に、担当医が今の奥さんだったそうだ。そうか、T先生がナンパしたのね、と思うじゃない。これが逆ナンだったらしい。あの仏頂面して授業を展開していたあの先生が逆ナン受けるなんて、その話を聞いた当時は心底びっくりしたものである。

 

そんな先生だが、先述したように、高校3年の時の化学の担当教員だった。落ちこぼれクラスだったためか、授業はちょっと賑やかな動物園のようで、あの不貞腐れたような表情のイメージだったのが一転、とっても楽しそうに授業をされていたものだから、そこでもびっくりした。

 

秋になると、私は受験勉強が深夜にまで及んでいたせいか、授業中はうたた寝することが非常に多くなった。今思うと本末転倒…非常に恥ずかしい。そんな時、T先生は、「ほら…寝るなよ。てか俺が受験生の時も思い出すよ〜夜遅くまで勉強していて授業中寝てたなw」と言ってきた。私を起こすつもりなのかただ自分の受験生時代の思い出話をしたかったのかは定かではなかったが。

 

見事に、うたた寝したせいで現役受験は失敗に終わる。確かに、深夜まで勉強していたら内容なんて頭に入らないわ。モルの計算で精一杯だったぜ。

 

そして、私はS台予備校に入り、1年間の浪人生活を送ることになった。ある書類を取りに行かなければならなく、母校となった高校に出向いた。書類を受け取り、ついでに化学準備室にも行った。「おお〜〇〇さんじゃないですかぁ」私のこと覚えてくれていたのか〜というか、卒業して3ヶ月しか経っていないから当たりメェか。

 

思い出話や近況を雑談した気がする。

私「私たちが高校3年になってから、やけに先生明るくなりましたよね〜」

T先生「だって、1年前、クラスの雰囲気がめっっっっっちゃ怖かったもん。雑談とかしたらさ、シラけちゃうし、なんなら今にもボコられる目をしていたしさ〜」

あの仏頂面の目はそういうことでしたか。伏線回収ぅ〜

 

といった近況、思い出話とかを雑談したのち、また受験の話に。

私「ああ〜中学生の頃は私も頭よかったんですけどねぇ〜。なんで馬鹿になったんだろ」

T先生「そりゃあ、俺だってそうだったよ〜〜だって中学生の勉強なんて簡単だったじゃん〜〜」

お互い嘆き合っていたような気がする。

 

そして、先生自身の浪人生活の時のこともお話しされていた。けど、内容は覚えていない。多分教訓的なことを言われたような気もするけど、どうして覚えていないのだろうか。申し訳ございません。

 

やけに残っていたのは、先生の娘さんのお話し。少ししんみりしてしまった。

どうやら、医学部を目指して2浪したのだが、失敗してまさかという大学に進学したようだった。

T先生「ほら、奥さんが医者やっていたからうちの長女も目指していたんだけど… 受験失敗したとき、めちゃめちゃ泣いていた。もうこれ以上浪人しても上がらないかもなぁとか思っていたけど」

その後、その娘さんは世界のどこかを流浪しつつ大学生を楽しんだそうだ。

 

それを聞いて、当時は「浪人生を前にしてそんなこと話すんかい」とツッコミを入れたくなったのだが、黙って聞いていたということは、何か心にきていたのかなと思う。同時に、この先生も父親なんだな〜と、初めて人間に見えたような気がした。

 

今このお話を思い出すと、その娘さんも色々なプライドとかを持ったまま、2浪までしたのかも。その後、旅に出たということはプライドという、一種の圧力から解放されたい思いもあったのかもなと思う。なんとなく、その娘さんと私が重なるように思ったのは言うまでもない。

 

その後は「まあー辛いと思うけど頑張れよ」と言われて、別れた。まさかあの時が最後になるとはなあ〜。どうせなら受験の結果報告でもしておけばよかった。あの時はまだ立ち直っていなかったからできなかったけれど。

 

あの時の思い出話でした。

 

多分、今後T先生と会う機会はないと思うけど、こうして振り返ると、私の中では良い先生だったと思える。同時に、他人の人生に対する興味が湧いたのもその先生が小さなきっかけだったと思う。

 

今回はここでおしまい。最後までお読みいただきましてありがとうございました。