G線上のジャリア

〜何も生み出さなかった・続〜

近況

このブログをご覧になっている方々、おそらく定期的に覗いてくれているのではないかと思う。

ありぃぃぃぃなぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!ありがとうぅぅぅ〜〜


というのはさておき、この頃ネガティブ的投稿を連続でしてしまったことは誠に申し訳なく思っている。これで皆さんの士気が下がってしまったらなおのこと。

最近は精神が安定してきたので、ここまでの事情を時系列にまとめてみることにした。あまり興味のないものだとは思うが、まあ私の備忘録ということでご了承いただきたく存じまする。

 

遡ること3月上旬。

あるIT企業の方とキャリアに関する面談を受けた。具体的には、自己分析を中心にね。

元々出版業界を狙っていたということを前提に、自己分析を手伝ってもらっていた。さすがIT企業。よほど出版が斜陽産業だと思っていたのか、「一度、立ち止まってやりたいことを広げるためにも考えてみるのもいいのではないか」という助言。

あああまじか。結構固く誓った“出版一筋”。ここで少しずつぐらついていく。

 

3月1○日。とある大手コミュ力系出版社のオンライン筆記試験前日になって突如、泣き崩れた。

「できる自信がない」

そう、ここの出版社。界隈にとっては最も人気の会社で、驚く倍率。200倍くらいだろうか?そんな気がする。

そりゃあ、前日になると弱腰になるのも仕方ない。

そして筆記試験当日。なんとか予定稿通りにいけた。

終わった後、ふっと緊張感がなくなり、「あれ、就活していたっけな」と思うようになったこの解放感ときたら。そして散歩するのだが、数日後、ある出版社がESの時点で落ちた。それまでの過去記事はこちらになる。

 

moneydaisuki23.hatenablog.com

 

 


3月中旬。

某キラキラ社とエキゾチック社のESを提出した。キラキラ社に関しては門前払いを受けた。エキゾチック社はなんとか通過。この一週間後、オンライン筆記試験があった。

そして、この一週間で5通くらいのお祈りメールが届くように。某大手コミュ力系出版社は、お祈りされました。くう。わかっていたけどよ。玉手箱に関しては、浦島太郎もびっくりするほど出来が悪かったもの。

 


そして、いくつか第一志望群のESが締切に近づき、なけなしの体力を削りに削って、神経すり減らしていくうちに、私の心も就活という悪魔に喰われるようになった。

 


3月2○日。魂の限界が近づいた。ESを書くたびに「大学時代はいったい、何を学んだのか。てかコロナ……」とコロナに責任転嫁した。まあ、コロナが悪いのですが。毎日が頭痛の日々。

父親から「あなたの強みは何?」を「あなたの罪は何?」に聞こえ、仮面ライダーWじゃねんだよ、と心の中でいらぬツッコミを入れながら「数えきれないほどある……」と答えたら「なあんてポジティブなの!」と勘違いを受ける日々。これは私があまりにネガティブ脳になっていた故なんですけどね。

 


3月3△日。このままだとろくなところに行かない。下手したら黄泉の国?桃源郷?極楽浄土?三途の川乗り越えそうな予感がしたため、急遽大学のカウンセリングを受けることになった。誰かに唆されたというよりかは、自分の直感がそうさせたような気がする。カウンセリングでは、部屋に入るなりいきなり泣き出していて、マジで情緒不安定だった。でも、言語化してくれるおかげで、改めて「なんとかこの就活で軌道修正を図りたいのね」という気づきをもらった。

 


3月3○日。さまざまな大人の方から相談を受けてもらう。マッチャーで繋がった方もいれば(本当は出版就活のことを聞いたはずなのに、私情まで申し訳ない)、カウンセリングなど。あれ、そこまで相談していないのか。(今更気づく)

 


そして、ここ2、3週間は就活を放ったらかして、本を読みながら朝を明かすことも、きっとあったと思う。インスタ開くと、皆さん晴れやかな顔で卒業式の写真を撮っているじゃないですか。羨ましかった。

 


4月□日。第一志望群の面接を受けた。ああ、せめて業界は言っておこうか。インフラです。この時はすでに心の中で休学を決意していたのだけども、どうせ来年また受けなければならないわけだし、いいや経験経験、と思って受けた。そう、だから面接の準備があまりできておらず、志望動機で10秒くらい詰まった。ああ、志望度低いと思われたか(当然だろ)。午前中に面接を入れたのだが、この日は一日中、布団でゴロンゴロンしたくなるくらい、生きていること自体に恥を覚えた。

その1、2日後にはゼミの教官からも許可をもらい、休学願を取りに、大学へ。でも、もし仮にあのインフラ企業が通っていたらどうしよう、という心配もしつつ。紙切れをもらった。

 

4月某日。↑の会社からお祈りメールがきた。チーーーーーー。足に力が入らなかったですね。

これが、私の休学の決め手になった。

よし、休学しよう。でも、やはりお祈りメールに対する耐性は全くもってなかった。あんなに大学受験でメンタルやられて、耐性ついたと思ったのにね。

 


昨日。これで一旦最後の面接を受けた。もちろん、出版社。ここが今まで受けた中でダントツで難易度が高かったと思う。グループ面接で、同じ就活生は大岡山にある大学院生と、ワンブリッジ大学院生だったからな。その中でゆるふわ女子大の私よ。わいのお気持ち察してくれ。現役編集者の方々から相次ぐ質問。なんとか答えた。ああう

出版業界の話にもなり、出版業界の人の話をインタビューしてみたいと(身バレになりそうなのであとは割愛)いう、私の回答に対し「出版業界の人が不利になりそうな記事が出来上がりそうだね」と言われ、「でも、業界全体にとっては必要な痛みだとは思います」と答える。今思うとメンタル激強なこと言ったな。終わった。もっと媚びろよ自分。

 


深夜。父親に「休学願にサインしてくれ」と言ったところ、極太の印鑑を押してくれた。

「後悔のないように。時間の無駄になりかねないからね。あんたは大学入って、いくつ資格を取ったね?気象予報士云々とか言っていたのに」 お父さん、それ、今の私には言ってはいけない言葉ですよ。ちくちく言葉ですって。

 


そして本日。朝、父親が「また一年後、〇〇(私の名前ね)が泣きながら「どこも内定取ってくれない〜」ってまたなったらどうしよう。繰り返しやん。ゴニョゴニョ……」とポイズンかかったちくちく言葉を言いながら、ゴミを抱えながら家を出てってしまった。

 


午前中に休学願を提出した。これで、一旦今までの流れを止めることができた。すっきりした。多分、すっきりしたということは、自分の心の中で「この選択は正しいはず」と確信したのだろう。

でも単に1年間、伸びただけなんだよな。またあの、苦しい就活生活が待ち受けていることも忘れてはならない。大人の方のアドバイスには「一年の社会人生活も得られる経験は数多あるから、休学ももう少し考えてみてもいいのでは」と何度も言われた。確かに、それもすごく納得できる。まあ一年もらえる給料をパーにしたというのも事実だし。あのひろゆきも配信で「休学するなら一旦社会人になっちゃえば?時間の無駄だよ」と言い放っていたらしいし。いや一度も誰かの下で働いたことなぽめえが言うな、と心の中で叫んだけど。

 


けれど、コロナで課外活動が思ったようにできなかったのも心残りというか、学生だからこそ使える特権もあるのも事実。学割だって使えるし。お金はないけども。なんて言ったって、一度レールから外れる行為をしているから、それを受け入れない世界もきっとあるだろう。

 


けど、私の考えの一つに「人と違うことをすることで、初めて喜びを感じる」という、なんとまあ都合のいいことを信念と思って大切にしている。きっとおかしなことが起こっても「キタキタきたわよ〜」と半分笑いながら頑張ることはできるという、自信は確かにある。

 

 

 

今日はここまで。自分語りで申し訳なかった。散文になりました。最後までお読みいただきましてありがとうございました。