G線上のジャリア

〜何も生み出さなかった・続〜

拝啓 4年前の自分へ

拝啓 4年前の自分へ

 

2月もそろそろ中盤に入ったのにも拘らず、いまだにダウンコートが手放せない日々が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

私は、オリンピックのフィギュアスケートの解説をしているミヤネ屋を見ながら、パソコンに向かってあなたに向けてつらつらと文字を打ち込んでいます。

 

ところで、最近の勉強状況はいかがですか。きっと、全く手についていないことでしょう、といったところでしょうか。何いってんだよこっちは努力してるんだよ、と思わず突っ込んでいないと気が気でないでしょうが、あなた、ちょうど某私大の結果が芳しくなくて、落ち込んでいながら羽生結弦選手のショートの演技でなんとか平然を取り戻そうと必死になっているのではないでしょうか。絶対、スマホで観戦していただろう?うん、4年後の自分が言っているから間違いない。

 

4年前の自分よ、私は航空工学を学びたいと思い、きっと浪人を決意していたのではないだろうか。でもどこかで、「多分いま思い描いている未来にはならないだろうな」と直感的に思っていたのでは。人の、この直感というか、動物の本能は侮ってはいけませんね。

 

その通りです。航空工学にはかけ離れた生活を送っています。

 

いや、まだ飛行機自体は好きなんよ?なんなら就職できたらエアラインとか空港とかが良いなと思っているくらいだし。だけど、今の生活といい、このコロナの状況は私だけでなく、世の中も予想していなかった。まさか、航空業界がここまで打撃を受けているなんて、当時そんなこと微塵も思っていなかった。

 

とまあ、こんなことはどうでもよくて(どうでも良くない)。今回は人の直感て案外当たるもんだよね、って話です。

これが膝を痛めつけるくらい実感した場面が1ヶ月ほど前にありました。

そう、東京が大雪だったあの日です。あの日、対面での授業がありました。雪の予報って外れるものが筋だから大丈夫だろう、と思って調子こいて自転車で大学まで行ったのですよ。でも終わった後に、自転車でダッシュしてそのままアルバイトに行こうとしていたのですが、なんとアスファルトに雪がしんしんと降り積もっていたのですね。びっくりですよ。さすが最近の天気予報の正確性が90%近くになっているのが身をもって知りました。

いやいや、そんな感心している場合じゃないと。これはバイトに間に合わないと。そこで一回は自転車でファイトしてみようと思ったのですが、「これ、坂道で滑って悲惨なことになる」という動物の本能が働いてしまって。自転車を置きに大学まで戻り、慌てて歩きながらアルバイト先へ向かいました。

 

ここで、一旦はこのお話、終わります。これは、人間本来の動物の本能で事故を未然に防いだ例ですね。

 

「一旦」。これはすなわち、続きの話があることを示唆している語句でもある。

 

というわけで、続きです。

あれから2、3日後。流石に大学に自転車を置きっぱなしにするのもなんかなと思い、大学にわざわざ行って、取り返すことにしました。行きは、父親に車で送ってもらい、帰りは自分の足で、自転車を漕いで帰る。車に載せたら良いじゃないかと思うじゃないですか。試しましたよ、当然。けれどうちの車、セダン寄りのファミリーカーなもんで、ビッグな自転車を乗せる余裕はなかった。

 

まあ話を戻します。うちの父親と別れた時、父親、こう思ったそうです「転ぶんじゃないか」と。私もこう思いました「多分、なんかの事故に巻き込まれそうな予感がする」と。というのも、私、雨道で1回、雪道で1回転んでいるのですね、自転車で。この日もなんだかんだ溶けきれていない雪も道路にありましたので、ちょっと緊張しつつ、いや流石に大丈夫だろう、と慎重になりながら自転車を漕いでいました。

 

はあ、就活のESも書かないといけないし、レポートもそろそろ出てきそうだな、と思って、なんて自分は何もできないのだ、このままだと社会人になれるのか自分。てかこの青二才な自分を採ってくれる企業様なんているのかこの野郎、日本企業の青田刈りなんてくそ!と自己嫌悪に陥っていたその時。

 

ハンドルが予期せぬ方向に向かい始めた。あれ、このままだところb

 

しゃらしゃらしゃら

 

車輪の、空虚な音が聞こえた。どうして私は、地面に接地していないのに回っているのか。車輪による、自身のアイデンティティに対する問いが聞こえてきた。

そして、私はいつの間にか地面と近い距離にいた。膝は掠れている。何か温かい液体が滲み出し、ジュワッとした痛みが出てきた。やっと私の頭が追いついた。私、自転車で転倒したのだな、と。転ぶ時は一瞬だから、いつの間にか体勢が変わったことに、一時混乱していた。

 

ちょっと辛かったのが、周りの歩行人、私を見て見ぬふりして歩いていった。多分、私に関わるとやばい、みたいな動物の本能が働いていたのか。

私は「どうか、、、気を遣わないでくれ。これも私のせいなのだ」という羞恥心と「どうして、人が痛みを抱えているのに、助けてくれないんだ」という寂しさの中、むくっと起き上がった。

 

この時、先に自転車を漕いでいた男性が、後ろから何か音がしたぞ、と振り返って、私を傍観していた。寄ってくることもなく、ただ傍観していた。多分、私が転んでから起き上がるまで一部始終を見ていたのだろう。

「あ、大丈夫ですよ」

その男性に対して叫んだ。傍観されていたって、なんか結構恥ずかしいし、せめて「大丈夫ですか」と言ってもらえただけでもよかったのに。多分、結構声かけるの勇気いるだろうな…私なら傍観していたし←

 

その後、また転んだら今度は複雑骨折になる…と思って、自転車を押してしばらく歩いていたのだが、歩いたらでさまざまな部位の悲鳴が聞こえてきたので、恐る恐る漕いで帰路に着いた。なんて自分は不幸なんだ。一回、雪道で自転車転倒した時は、カゴに引っ掛けていた傘の柄がみぞおちにぶっ刺さった。雨道で自転車転倒した時は、被っていたレインコートがビリビリに破けて、多くの歩行人はそそくさと歩いていって、なんて東京の人は冷たいんだ、と倒れたまま、泣きながら雨に打たれたことを思い出した。なんかドラマみたいだなこれ。

 

 

やはり、動物の本能って当たりますね。

そんな今日のお話でした。

あ、4年前の自分、すっかり置いてけぼりにしてしまったわね。

というわけで、あなた、大学生の間に雨道と雪道で自転車転倒することになるから気をつけなよ。

 

敬具

4年後の自分より