G線上のジャリア

〜何も生み出さなかった・続〜

初めて、はてなブログの恩恵を授かってみた 〜VOG○EのYoutubeにありがちな10の質問に答えてみた〜

【追記】

11月11日深夜、読み返したらなんと重大な欠陥を見つけたので、そっと加筆しました。

あの、小学校の担任の先生に匿名で罵倒された話です。はい。

 

 

はてなブログ10周年特別お題「はてなブロガーに10の質問

ちょうど、頭の中にぐるぐると煩悩が渦巻いたのでどこかに出力したい欲があったものの、どこにも八つ当たりするネタが見つからない、けどキーボードに何かを打ち込みたいと思ってしまった。

現在、はてなブログを拝借してつーらつらと駄文を書いている私なのだが、このはてなブログ、結構有能でお題が見つからなかった人に向けてお題を適当に振ってくれる機能がある。

 

このブログを始めてはや半年。初めて恩恵を預かることにしよう。

さて、いきますぞ。

 

 

ブログ名もしくはハンドルネームの由来は?

私の名前はユソユソと設定した。開設した当時、PRODUCE101を見ていた時期で(すでにJO1がデビューしていたんだけどね)ユンドン君という、綾野剛をバブくしたかわいい男の子を推していた。そこから文字って「ユソユソ」。初期は自分のことを「ユソユソ」と語っているので、ぜひ過去記事を見ていただければ幸いっす。

ブログ名は、下に記事を載せているので、参照いただけるといいかなと。

特に何か無限の可能性を秘めたポテンシャルアゲアゲのブログ名ではなく、今までの怨念を注ぎ込んだので、詳しくは…

 

 

moneydaisuki23.hatenablog.com

 

 

はてなブログを始めたきっかけは?

実を言うと、このブログ、当初はアフェリエイト目的で投資関係のことについて書こうと用意していたものだった。ちょうど株にはまったり、積立NISAを始めたりしたもんだから、大学生で株をしているなんてちょっとカッコよくね?みたいなノリで始めたものの、思ったより自分で株を売買するのに手こずって、振り回されてたりしたので、ブログで稼ぐことは諦めて放置していた。

ちょうどその頃、ライブドアを使ってブログを書いていたのだが、広告が異様に入ることが癪にさわり、はてなブログに移行したいと思っていたので、棚ぼた方式で現在ははてなブログを使っている感じだ。

 

そう、昔のブログは以前ライターアルバイトにてポートフォリオとして提出してしまうという珍事を犯してしまい、面接してくださった方から

「文章を書くのが好きなんですね」

というあたりさわりのないことを言われてた。

確かに、あの時のブログはそこまで面白いことを書いていたわけでもなく、だからと言ってうまい文章、いい意味でひねくれた文を書いていなかったのでこれといった感想を持たず、面接してくださった方は相当困っていたのだろう。。。

ああ恥ずかしい

 

自分で書いたお気に入りの1記事はある?あるならどんな記事?

うーぶっちゃけ毎日上質で高尚なネタを提供しているつもりなので、1記事に絞るのはちょっと難しかったりする。

トリビア的なことを書いていて、自分がだんだん変態かつ知的になった気がした記事はこれ。歴史も振り返りつつ、という雰囲気の記事だったような。

私高校時代の時の世界史の点数が青点いくレベルの低さ(もう言うよ、最低で16点取った。100点満点で。あの時は確かにおバカだった)だったし、ルネサンスなんて授業で習ってないーーという浅はかな知識を、ネットで補いつつ書いた覚えがある。

 

moneydaisuki23.hatenablog.com

 

うーん。まだ表現力というか、幼い気がするので(書ける余力はあるという、伸び代は感じているとポジティブに捉えることにする)ので今後に期待というところか。

 

ブログを書きたくなるのはどんなとき?

あ、冒頭に言ってしまいましたね。脳内がごった返している時です。

ほら、人間って1日に6000回思考すると言われるじゃないですか。でも私の場合はその2倍くらいあれこれ考えている自信があるので(毎日過去の恥ずかしい記憶や後悔、根にもった出来事を繰り返しては、湯船に体育座りで絶叫している、たまに家族が反応したり。その時は、「あ、何でもない」と適当にはぐらかすのだが、そろそろ限界を感じている。はあ、記憶を一瞬で忘れる道具、ドラえもーん出してよお願いい泣)、頭の中でグールぐるしているものを出力しないと気が済まなくて。単純に私の頭が孔雀並みの小ささだから、思考を吐き出してデータを取り除きたい、ってのもある。

だから私のブログはたいてい変態じみたこととか、思い出話が多いん

です!

下書きに保存された記事は何記事? あるならどんなテーマの記事?

先ほど数えてみたら、27記事見つかりました。

現在、この投稿で36記事目になるので、おおよそ半分のネタがボツになっている状況。

中には、タイトルだけ書いて、ネタをこれから掘り下げようと試みた軌跡が残っているものも。もう少しで記事として公開できるものでもある。

だが、大半は一旦完成したものの、コンプライアンス的にどうなのかという、読者があまり多くないから心配しなくていいことを心配したり、やはり深夜に書いているためか羽目を外しまくったものもあったり、妙に学者っぽいことを書いて、知り合いに見せたら確実にドン引きされる内容もあったりと、「やっぱ出すのやめた方がいいんじゃ」と思って取り下げた当時の私に頭よっしよししたくなるくらいのヤバめのもの。

あえて一つ、あげるとするならば、SPIの替え玉はやめておけ!という記事ですね。

これを読んでいるあなたはしているかは知らないけれども。

自分の記事を読み返すことはある?

あ、ありますね。

自分で「これは面白いな」と思ったものは割と多いのではないかと自負しており、自分の文章力に関しては徐々に上げていっているな、とポジティブに捉えることはできるのだが、悪く言うとまだ表現力といいますか世の中によく放出したなと恥ずかしく思う。

あとは、自分の中で面白いと思った出来事を書いた方が評判が良かったりするし、自分の中からひねくり出したネタは大抵ウケないので、これからは外からネタを探すためのアンテナを購入したいと思う。

欲しい。

 

好きなはてなブロガーは?

そうですね。はてなブロガーではないのですが、同じ高校出身のとある方のブログが文才を遺憾なく発揮されているので、もし私書籍編集に携われる機会があったらぜひ書籍化を提案したいです。ネタ自体というよりも、それを持ち前の表現力で10倍面白くされているので、一生かけても敵わないなと。

あとは、すでにインスタでブログを公開取りやめてしまった後輩ちゃんのブログがあって「優秀さ」と「過剰なヲタ」という、一見すると相反する組み合わせを見事に織り交ぜた文章は、私のドツボにハマりました。上手い、けどおもろい。他の方にも薦めたかったです。ぜひもう一度公開を!!頼む!先輩からのお願い

です!

 

はてなブログに一言メッセージを伝えるなら?

いやー広告がそこまで表示されないことには感謝です。

(それだけー)

10年前は何してた?

22歳ですね。−10すると12歳。小学校6年生。

あ、思い出しました。ちょっと振り返りますね。

当時、日本史を習い始めたのかな、飛鳥時代のことを習っていた。

当然、この時代は前方後円墳だの埴輪だの古墳関連のことがメインのこの時代(え、違う?聖徳太子だよ!!というツッコミが聞こえてきそう)。古墳についての感想文を書けと言われた。

正直、よほどのマニアでもない限り人ん家の墓なんてそう興味を湧く人っていないじゃない。しかも、小学生よ。まだプリキュアを見ていた私は尚更古墳にロマンなんて感じもしなかった。

しかも感想文として指定されたのは3行ほどの罫線。古墳に熱き思いを3行に込めるのは少々無理があるのではないか。

そこで捻り出した文面はこちら。

「古墳の形がとても面白かったので、これから日本にどんな古墳があるのかを調べてみたいです」

 

その数日後。

クラス担任が、古墳に対する感想文を読んだ所感を述べていて、こう怒鳴り散らした。

「誰かが「これから調べていきたい」って書いていたけど、もうこの時代を勉強するわけないやん、何書いちゃってんの??はあ??」

明らかに私の感想文のことだった。

大人にそこまで罵倒されるとは思わなかった、しかもクラス全体の前で。あの時、頭の後ろの血の気が引いた感覚は今でも忘れられない。ここまで罵倒はしなくてもいいでしょ…とガラスのハートに深い傷を負った。

でも今思うと、マジで古墳にロマンを感じ始めていた子が独自で調べたいと思ったのならば、そのことに対して罵倒しているわけだからなー。私がたまたま古墳に魅力が微塵も感じられなかったのはラッキーだったけど、もう少しで人間不信になるところだった。

 

当時のクラス担任は今回で定年退職ということで、いろいろ吹っ切れていたらしく、あらゆる世の汚さを教えてくれた。劇団〇〇の公演を見に行けば、「あの役者たちは二軍よ、けど絶対ばかにするな」と、いやその情報わざわざ言わんでもよかったのに、逆に小学生のガキンチョが気を遣ってしまうというカオスな雰囲気になったり、国語の授業で世代が違うが故に教科書に載っていなかった物語を話し、(もちろんみんなその話を聞いたことが全くなかった)

「あんたたち、ポカーンて顔しよるけど、まさかまともに話を聞いていなかったのかね!ありえん!!バカたれ!!!」

と若干パワハラめいたことを言われたり(多分みんなマイメロになっていた)とまあまあ破天荒な先生ではあった。

一方で、平和学習(九州では夏の時期になると戦争や原爆の話をきちんと授業で習うものがある。多分長崎が近いからってのが理由だと思うけど、被爆者の体験談や、語り部の方のお話は、今思うと超がつく貴重な経験だった気がする)では戦前と戦後の日本のあり方(例えば、国歌の元々の意味)とか、長崎の修学旅行前学習での力の入れようはすごかった。これに関しては、この先生のおかげで視野が広くなった気がする。(ただ、ペリーはほとんど触れなかったけども!一番楽しみにしていたのに!!)

 

こんな感じで過ごしていましたね。いやークセがすごい。

 

 

この10年を一言でまとめると?

「荒波」

この10年間で打ちのめされたり、自信を失ったかと思えば、懲りずにまた転ぶという、わけのわからない時代を過ごしていた気がする。この若い時って、人生における価値観が大きく形成されるとも言われるから、誰でもそうなのかもしれない。

 

 

後半はそこそこのボリュームだったので、ここまで読んでくださったかたがいるのかは定かではないが、これからもこの調子でブログは続けるつもりなので、たまーに覗いてくださったら、感謝のあまり土下座します。

 

というわけで、今回はこれでおしまい。最後まで読んでくださりありがとうございました。